二宮和也「見知らぬ乗客」レポ

まずは感想も加えながら、記憶を頼りに再現してみようと思います。

誰かと一緒に感想を語り合いたいなぁ、と思って書き始めたけれど、書き終えた今はむしろ、一緒に黙り合いたいような、そんな気持ちです。



誠に、ニノ萌えは難しい。

もしもこれが、『セカチュー』みたいな純愛物語だったら、「感動した」とぽろぽろ泣けただろうに。
もしもこれが、『Stand By Me』みたいなミュージカルだったら、「ニノ可愛い!」と微笑めただろうに。

だけれど『見知らぬ乗客』が開幕し、
「STRANG
ERS ON
A TRAIN」
とゴシックで書かれた黒い幕が開いたとき、
そこにいたのはポマードでアメリカの古い映画みたいにオールバックをきめたオッサンが二人。

可愛いニノはいつ出てくるんだろうとドキドキと待っていると、
そのオッサンの片方が、ニノだった。
あれ。
全然可愛くない!

                    ◆◇◆◇◆

オッサンというよりは、一応青年か、と、思い直した。

金持ちそうな服を着た、でも頭の悪そうな青年ニノが、
プラトンを読んでいるインテリ青年に酒を勧める。

「人間の善と悪の両方があるということ?
 でも、それは僕の両親には当てはまらないよ。
 (母はまるきり善で、父はまるっきり悪だ、とほのめかしながら)」

「本を読む意味なんて全然分からないよ、
 あ、本を読む人に失礼だね」

二人は自己紹介をする。
ニノがブルーノ、インテリがガイという名前らしい。

「ねえ、僕の部屋に来ない?」

長距離列車で暇をもてあましているブルーノは、
嫌がるインテリ青年ガイを、無邪気に、少し強引に、自分の特等室へと誘う。

ガイは断ったのだが、
食堂車に空席がなかったので、
仕方なくブルーノの特等室へと入ることになった。

                    ◆◇◆◇◆

特等室で二人きりになり、
ブルーノは酒を飲み、そして煙草を一服。
ブルーノは個人的な話をしたがる。

金持ちのブルーノには、働く意味が分からないということ。
働かなくても十分にお金があるんだから、働いてどうなるの?と。

でも、「経験としての盗み」はやってみたい、と思っていること。
「ガイ、君も、そう思ったことがあるだろう?
 盗みをしてみたい、人を殺してみたいと思ったことが。
 誰にだってあるはずだ」

そして、父親を憎んでいること。

一方、
ブルーノは、インテリ青年ガイのことを、いろいろと知りたがる。

ガイは建築家だということ、
結婚しているが、妻が浮気相手との子供を身ごもってしまい、これから離婚協議に向かう最中だということ。

ブルーノはそれを聞いて、
ガイは奥さんを殺してしまいたいと思ったことはないのか、と問う。

ガイは「ない!」と否定するのだが、
ブルーノは勝手に、交換殺人の計画を打ち明ける。

「例えば、だよ!
 僕が君の奥さんを殺す、
 君が僕の父親を殺す。
 僕たちは列車の中で出会っただけだ、何の接点もない。
誰も僕たちを知り合いだと疑わないよ、完全犯罪じゃないか!」

ガイは同意しない。

そんなこと気にも留めず、ブルーノは話し続ける。

「僕は、死ぬのは怖くないよ。
 ……自殺するなら、『自分が一番憎む人が自分を殺した』ように見える方法でするね」

「お互いもう、見知らぬ乗客じゃないんだよ。
 僕たちは、それ以上だ」

                    ◆◇◆◇◆

まだ、開演から15分位か。

ここですでに「お互いもう、見知らぬ乗客じゃないんだよ」という言葉が出てしまったことに驚いた。
今回、意図的に原作も映画も見ず、作品の予備知識なしに観劇したのだが、
タイトルを見てなんとなく、「電車の中で暖かい友情をはぐくんだ」という感動物語を想像していた。

しかしそんな想像は、15分にして軽くぶち壊されてしまった。
「お互いもう、見知らぬ乗客じゃないんだよ」
じゃあ、これから何が起こるのか!

しかも、
セリフの中ですでに、「父親殺し」「完全犯罪」というキーワードが出てしまっている。

「父親殺し」といえば心理学でいう「エディプス・コンプレックス」。
人間の葛藤の根本(とフロイトが考えた)であり、多くの物語で核心となるテーマだ。
しかし、
そんな強烈な言葉さえ、この劇のほんの入り口で、いとも簡単に現れている。
つまり、
「父親殺し」も「完全犯罪」も、この作品の核心ではなく、ひとつのピースにすぎないのか。
だとしたら、
何を描くのか?

相変わらず、
舞台ではニノが脱抑制的に話し続けている。
古い洋画の吹き替えそのもののような口調、早口で聞き取りやすいが、なんだか現実感がない。

身動きできぬ客席に座り、
ここからどこへ連れて行かれるのか、私は気味が悪くなった。
居心地の悪い列車に乗り合わせた気分だ。

                    ◆◇◆◇◆

続いて、
ブルーノが自宅で母親と話す場面。

ブルーノは、黒いガウンに裸足。
そんな格好で母親に、ねっとりと近寄る。

母親は、もともとショービジネスの世界にいたが、富豪の男性と結婚し、その後も恋人を作っては遊び暮らしているという設定。

そしてその母は、息子ブルーノとも近親相姦的な情愛の中にいる。

静かな会話を交わしながら抱き合い、唇を重ねる様は十分に官能的で、
「二人きりなら(僕らは)恋人になれる」というセリフにはドキリとさせられた。

しかし、
母が「自分のお父さんをフランケンシュタインみたいに呼ぶのはやめなさい」と諌めたり、
ブルーノが「ねえ、プラトンって読んだことある?」と母に聞く様は(列車の中では「本を読む意味なんて分からないね!」と言っていたのに)、
ごくありふれた親子の素朴な愛情が感じられて愛しく切ない。

ブルーノはガイのプラトン書を持ってきてしまっており、
母がその本にガイの名前と住所が書いてあることを発見する。

ブルーノはすぐさまガイに電話し、本を送るよと言う。

                    ◆◇◆◇◆

続いて、
ガイが妻に離婚の相談に行くシーン。
妻は器量が悪く、品もない。

妻は、他の恋人の子供を身ごもっており、産みたいが、
ガイと離婚する気はないのだと言う。
さらに、
離婚すれば、ガイの今後の建築家としての計画が台無しになるのよ、と脅迫する。


                    ◆◇◆◇◆

続けて、ガイは美しい人と車の中。
恋人のようだ。
車の中で、二人きりになり、ガイは相当苛立っており、妻を「殺してやりたい」と口にする。

しかし、
はて、
ガイの恋人?
列車の中では、ガイは「恋人がいる」とは言っていなかったはずだが、と思いながら見る。


                    ◆◇◆◇◆

そして、
ブルーノが、ガイの妻のいる町へとやってくる。

妻は、遊園地でメリーゴーランドに乗っている。
メリーゴーランドは、普段120度ずつ3つに区切られている舞台中央の円形回転舞台を、
3つ全て使っての演出。
メリーゴーランドがそのまま再現されているが、やや不気味。

ガイの妻をみつけたブルーノは、
近くの湖で、首を絞めて殺してしまう。

一度首を絞めたが、まだ息があったので、
戸惑いながらも必死の形相で戻ってきて、二度目を締める。
ガイの妻は死に、ブルーノは逃げた。

                    ◆◇◆◇◆

逃亡するブルーノは明らかに不審で、
ベンチでタクシーを待つが、その小さな町にタクシーなど来る気配もない。

地元の人に話しかけられ、
「その袖についている赤いのは、口紅か?血か?」と訊かれる。

答えに困り、目が泳ぐブルーノに、地元の人は「女好きか?」とさらに問われ、
ブルーノはやっと安心したように答える。
「女好きだよ」

まったく完全犯罪になっていなくて滑稽で、しかし、どこか哀しさが漂っている。

                    ◆◇◆◇◆

一転、
平和らしいバルコニーに、
何も知らないガイとガイの恋人が愛を紡いでいる。

そんな平穏を破るように、ガイに電話が入る。
「死んだ?!」
ガイは、妻が殺されたことを知る。

恋人は驚きながらも、「あなたがいつか、『(妻を)殺してやりたい』って言っていたことは秘密よ」と言う。

妻が死んだことで、
ガイは警察で取調べを受ける。

妻は別の男の子を身ごもっていて、
ガイには妻以外の恋人がいる。
ガイには十分に、殺す動機があるというのだ。
しかし、アリバイはない。

そんな取調室に、「ガイへ」という贈り物が届く。
「(ぼくがやったということ、あの交換殺人のことだということ)、分かっているだろう?」
というメッセージに、
ガイは動揺する。

ガイを想った恋人がやってきて、
「私に話していないことがあるの?」と優しく問うが、
ガイは「ない」と否定する。

列車の中での出会いのことを、恋人は知らない。

                    ◆◇◆◇◆

ガイは証拠不十分で釈放されたが、
ブルーノは、さらにガイに接触を図る。

「今度は、君が僕の父を殺す番だ」
ブルーノは、ガイの将来と引き換えに、父を殺すよう執拗に脅す。
「僕、喋っちゃうよ。
 君が、奥さんを殺せと言ったんだ、って。
 どのみち僕らには未来はないんだ」

                    ◆◇◆◇◆

ガイは建築家として成功を収め、
新しい集合マンションを手がけることとなった。

その華々しい記者会見が開かれるものの、
ガイの脳裏からは、ブルーノの存在が消えない。

司会者がガイに、
「この建築は、新しい芸術ですが、どうですか!」と、
晴れ晴れとした質問を投げかけるが、
そこにブルーノが現れて、同時に、いやらしい口調でこう語る。
「女を絞め殺すのは快感だったな、喉を締めるプリンとした感覚……。
これが女じゃなかったら、これほどの快感はないだろう」
これはおそらく、ガイの心中にとり憑いたブルーノの声か。

舞台の上でガイにブルーノが、
遠ざけようとしても染み入ってゆくのがなんとも不気味である。

                    ◆◇◆◇◆

続いて、ブルーノの自室のシーン。

ブルーノはその後も酒まみれになりながら、
ガイに、毎日手紙を書いている。
妻の殺人を実行したのは自分であったこと、
ガイに早く自分の父親を殺して欲しいこと。

しかし、
手紙はガイの心には届かない。

「親愛なるブルーノ、僕には君の手紙が理解できない。
 もっと言えば、君がたいそう僕に興味を抱いていることも」

                    ◆◇◆◇◆

ブルーノはまた、
ガイの妻殺人の事件記事を収集してもいる。

母がブルーノの部屋に入ってきて切抜きをチラっと見るが、
たいして関心も持たずにいる様子。

ブルーノはそのことに不満だ。

「母さんは、僕の友達に興味がないの?」
母は「あるわよ」と答えるが、
「じゃあ、切抜きを全部見た?」
とブルーノが聞くと、「見るわけがないじゃない」と答える

ブルーノにとって、
自分が興味があるもの=母にとっても興味があるもの
という構図は極めて当然のことらしい。

ブルーノの中で「自己」と「母」の境界はなく、
まるで胎内にいるかのように、自分と母は一体だ。
いや、
一体でありたいと妄信的に思っているが、
その気持ちは一枚、一枚、薄皮を剥くように、母に裏切られてゆく。
そんな緊迫感が舞台から漂ってきて胸が苦しい。

                    ◆◇◆◇◆

ブルーノはガイに接触を図る。
ガイはブルーノを嫌い、接触を避けようとする。

ブルーノはガイに恋人がいることを知って、
「そんなこと、君は列車の中で話さなかったじゃないか!」と憤り、
ガイが「見知らぬ乗客」以上の間柄のブルーノに全てを打ち明けていないことに不満そうな様子である。(これは2幕だったかも)

ブルーノはついに、徹底的な手紙を書く。

「君は知っているはずです。
 (殺したのが)僕だったということを。

 金曜日まで時間をあげる。
 金曜日までに殺らなければ、
 君の恋人を殺してやる。

 それと、
 通りで合ったとき、知らない顔をするのをやめてくれ。
 とても傷つくんだ」

ブルーノは、ガイに、父親殺害のための家の見取り図を渡す。

「君は何度もやったことがある(と信じる)んだ、
 階段を上がる、
 踊り場の中央は軋むから、鐘が鳴るまで待つ。
 鐘がなったら、いびきを辿って、父親の寝室まで行けばいい、
 そして撃つんだ!」

そして
ブルーノはついに、父を殺す。

ここで一幕が終了。

                    ◆◇◆◇◆


休憩時間は頭の中が、
「?????」と、
ハテナの連続だった。

私は、どうしてこの舞台を見に来たんだろう?

ニノは全く可愛くなく、
オールバックをポマードで固めて、
洋画の吹き替えみたいな口調でアル中みたいに喋り続けており、
そして今のところ、
舞台の上に愛も救いもない。

これなら家でDVDをつけて、「秘密」をリピっていたほうが、
はるかに楽しい時間だったんじゃない?

でも、
そう思うものの、
舞台はまだ続く。

そして2幕。

                    ◆◇◆◇◆

2幕、
苦しむガイ。

ブルーノの父親を殺してしまったガイは、
一人部屋で悶え苦しむ。

証拠は、細かく切り刻んで捨てた。
殺害で負った傷も、1週間もすれば癒えるだろう。
ピストルだけは、部屋の棚の一番下の引き出しに、隠しておこう。

しかし、
殺してしまったという事実は消えない。

狂ったように人を遠ざけ、自室に篭るガイが、
一瞬その狂気という意味で、
ブルーノと重なって見える。

                    ◆◇◆◇◆

ガイとガイの恋人の結婚式。

その結婚式に、もちろん深酒でやってきたブルーノは、フラフラと大声で話し続ける。

「僕たち(ブルーノとガイ)が神だ!栄光だ!」
と叫ぶブルーノに、
「誰だお前は!」とガイが怒責すると、ブルーノは答える。
「君だ」

「君だ!」とは!
1幕で、母と狂的に一体になっていたブルーノは、
ここではガイと一体になっており、
そこに得体の知れぬ狂気を感じる。

身近な誰かと同一になりたいという気持ちが、もはや理屈を超えて、ガイの妄想の中では真実になっている。
静かだけれども、重みのある狂気!

さらに、
「アン(ガイの恋人)も僕のこと好きなんでしょ?」
と言うブルーノの脳では、

ガイを好きな人=アン……(1)
ガイ=僕        ……(2)
ゆえに
アン=僕を好きな人
という、
狂気の方程式ができてしまっている。

しかし驚くべきは、
これを聞いたガイの反応である。
「君は恋をしたことがないんだろう、ブルーノ」
「違うよ」と否定するのではなく、そう返答するガイからは、
ブルーノへのわずかな近親愛が生まれているように、感じられるのである。

また別の場面であったか、
「僕はガイのことは好きだよ、ガイは僕のことが好き?」と聞かれて、
ガイは「分からない、好きかもしれない」と答えたシーンがあったように思う。

「好き」の感情が、
狂気の中にあっても、
ベタ塗りではなくて細かい細かい点描で、
しっとりと描かれていく。


                    ◆◇◆◇◆

「僕は君が好きなんだ、ガイ。ほんとうに」
どの場面だったか、
ブルーノは凍えたうさぎのような目で、そう言っている。

                    ◆◇◆◇◆

しかし、交換殺人を犯した二人は、知り合いであってはいけないはずだ。

ブルーノは「大学時代に出会った」と、でっちあげの嘘をつくが、
そこが発端となって、
二人の交換殺人のトリックは、他者に解かれてゆく。

                    ◆◇◆◇◆

報われぬガイへの愛、
そして、
疑われる交換殺人。

酒のビン、プラトンの書から、
「見知らぬ乗客」であったはずの二人が、実は出会っていたことを、警察は確信する。

ブルーノは母のところへ行き、
椅子にすがって幼子のように泣く。

「どうしてこんな目にあわせるの、どうしてなの、ママ?」
「ママ、もう死んじゃうかもしれない、僕」
「ママー、ママー!」
「ママー、ママー、ママー!」

最初は「お母さん」と呼んでいたはずの母を、いつか「ママ」と呼んでいた。

                    ◆◇◆◇◆

しかし、
母への愛情もまた、報われない。

アルコールに理性を奪われ、もはや「ママー」と叫ぶことしかできなくなった、そして倒れる寸前の茫然自失状態のブルーノに、
母は「これ以上一緒にいることはできないわ、誰かに助けてもらいましょう」と、ブルーノを投げ出す。

                    ◆◇◆◇◆

最後の気力でフラフラと、
ブルーノは、ガイの家へ出かける。

ガイの家では、
ガイが新しい妻と友人と、団欒のひと時を過ごしている最中だった。

その中に入っていくなり、
ブルーノは理解不明な言葉を連ねる。

「俺とお前はスーパースターだ!おだ?りゅう?俺とあんたで、地球にリボンをかける!俺はメリーゴーランドに乗ったんだよ!」

アルコールに漬かって、発する言葉は混沌としているが、
それの中核はまさに、
自分が殺人をしたと朗々と話している、そんな姿そのものだ。

                    ◆◇◆◇◆

そして、暴れる。
「俺を殺してくれ!
 知っているんだ、ここに銃があるだろう」
と、ブルーノはガイの銃を取り出す。

「殺してくれ!
 君は前にも一度、やったことがあるだろう?
 殺してくれ!」

ブルーノを止めようとガイがブルーノに組みかかるが、
そこでピストルは発砲され、
ブルーノは倒れた。
ブルーノは死んだ。
死んだブルーノに、ガイが口付けをする。


                    ◆◇◆◇◆

検事が聞く。

「それで、銃を引いたのはどちらだ?」

ガイは答える。
「分かりません、組み合っていたので……、
 でも、ブルーノはこう言っていました、
 『僕が死ぬときは自殺するよ、最も“憎む人”が自分を殺したようにみせかける方法で』と」

それを聞いて、検事は首をかしげる

「最も“憎む”人?
 しかし、僕の記憶によると、
 ブルーノはあなたを愛していたのではありませんか?」
 
ガイは答える。

「愛していました!」

そして、

「お願いします!」
と逮捕を求めて、決然たる表情でグッと手首を差し出すと同時に、
ドン!と幕が降りた。

愛していた人が、憎む人だった。
憎んでいたはずの人を、愛していた。
見知らぬ乗客が、見知らぬ乗客の原罪を、今、愛とともに引き受けた。
ドン!

拍手。